
駐車場で忍者を見つけて伊賀の城へ来たなあという感じ、あんがい早く着いた。
資料を見ると福地氏は信長が伊賀を攻めたとき信長に味方して勢力を広げたが、本能寺の変の後、伊賀衆の残党に攻められ逃亡、廃城となった。
大手門へ上がって行くと写真で見た石垣が見えてきて、いよいよ城内へ入って行く。
周囲を高さ3~4mくらいの土塁の囲まれ石蔵跡、井戸がある。井戸は今でも使われているようだった。
松尾芭蕉は福地氏の一族だったと云われ、忍者だったかもしれない。
本丸に「芭蕉翁生誕之地碑」が建てられていた。
本丸の南側に出ると名阪国道を走る車の音がゴーゴー聞こえてきて、堀切など消滅していた。むかしは静かな所だったよ。
他にだあれもいなくて縄張り図を見ながら城内を見て廻った。

福地城案内板

城址碑

大手門

虎口の石垣

本丸

石蔵跡

井戸

本丸土塁

芭蕉翁生誕之地碑

土塁の上から虎口

縄張り図