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久しぶりに中山道を歩きました。今の伏見宿は妻籠、馬篭宿と違い旧中山道を国道21号線が通り、当時の雰囲気はほとんど残っていなく訪れる人も見当らないが、むかしは年貢米などの船積み港として賑わった所だ。

国道沿いに「伏見宿本陣跡之碑」と「右御嵩 左兼山、八百津」の道標がある。伏見交差点まで来ると、一軒だけだが旧旅籠「松屋」が残っていた。千本格子の立派な商家だ。
隣のお休み処で熱いお茶とお菓子を御馳走になって、中山道ゆったり伏見宿の代表からいろいろ貴重な話を聞かせていただいた。

正岡子規が新村湊から船で松山へ向かい、あの有名な弥次さん喜多さんも泊まった伏見宿などなど。新村湊が見たくなって北へ向かうのだが探してみてもどこにあるか分からない。

あきらめて洞興寺の境内の入って行くと、塚のうえに沢山の石仏が祀られている。石碑を見ると「伏見宿で働いて哀れな死をとげた身寄りのない女達を葬った」とあった。

荷揚げ人夫などを相手にした飯盛り女が大勢いたのだろう。この辺りを美しい遊女達がそぞろ歩いたかもしれないが、今は「女郎塚」が残っているだけだ。


本陣之碑 
伏見公民館に本陣之跡碑


松屋 
旅籠だった松屋が残っていた 

 お雛様
寄贈された明治時代のお雛様


駱駝
幕府へ献上されるはずだった駱駝の画を見せてもらいました   


IMG_5778.jpg 
右御嵩 左兼山 八百津と刻まれた道標


  行灯 一本松茶屋
伏見宿の行灯と一本松公園


洞興寺 
洞興寺


女郎塚 
女郎塚
2014.03.18 Tue l 街道 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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